2025年10月17日(金)

避難所の一つで働いていた私は、避難民の家族に配給するため、給水車の到着を待っていました。私たちは、戦闘が奪った水を飲むという生きるための基本的な権利を彼らに与えるために、できる限りの方法により日々の苦しみを和らげるよう努力していました。避難所はガザの街の中央に位置し、海に面した場所にあります。ガザの海はあらゆる真実を見つめています。波間に私たちの現実を静かに抱き続けているのです。

そこに立って水を待つ間、私の視線は水平線へとありました。海は穏やかで、しかも信じられないくらい静かでした。優しい波が岸辺でそっと砕け、私には完全には理解できない何かを囁いている様に感じました。長い間それを見つめていると、まるで海が私を見つめ返しているような気がしたのです。まるで人生と運命について、無言の対話を交わしているかのようでした。人生がどのようになるのか、明日何が待っているのか、私にはわかりませんでした。そんな思いにふけっていると、気づかぬうちに写真家が私の姿を撮っていたのです。

写真は、後になって気づいたのですが、混乱、疲労、恐怖、そして深い思索など、私の目はただ一つの問いを投げかけているように映っているはずです。「私はこれからどこへ向かっているのか? 私の夢は実現できるのか。 それとも私の希望は戦闘の廃墟の下に埋もれたままなのか」と考えている私の内面すべてを映し出しているように思います。

あまり深刻に考えて、深く沈み込みすぎたので、自分がどこにいるのか、なぜここにいるのかさえわからなくなっていました。その時、自分の中で疎外感を強く覚えました。なぜこの仕事をしているのか。周囲が崩れ去った今もなお、なぜ希望にしがみついているのか、などです。その時思い出したことがありました。戦闘が始まり、私の人生の二年間、おそらく私の人生そのものを奪われました。過去も、現在も、そして未来さえも奪っていたのです。何が起きているのかを理解する暇すら与えられず、ただ生き延びるためだけに必死で生きていました。破壊の中でも歩み続ける術を学ぶためだけに生きていたのではないかと思えるのです。

爆発音、人々の叫び声、隅々まで充満した息苦しい粉塵を今も覚えています。毎朝目覚めるたびに新たな恐怖に襲われ、人生はこれでも止まっていないというふりをしていたと思います。しかし心の奥底では、人生が止まっていたことをわかっていたと思います。ドローンの音とミサイルによる爆発音の反響の間に、私の心の内側で時間が凍りついて止まっていたと思います。

それでも、今日こうして私はここに立ち、水を求めて集まる人々に水を配っています。彼らの顔には、私自身の痛みを映す苦痛が浮かんでいます。しかし同時に、かすかな希望の光も見えます。私の行っていることは単なる仕事ではなく、この瓦礫の山の中から、人々の残された人間性を見い出す役割を担っているという意味のあるメッセージでもあるのです。

海を見ながら自分に言い聞かせたことがあります。

戦闘は私たちから多くのものを奪ったかもしれません。しかし、他者へ与える思いや力を奪うことはできませんでした。生きる喜びの愛おしさも奪うことは出来ませんでした。そして、再び立ち上がろうとする決意も奪うことはできなかったのです。


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