重苦しい朝。テントの破れた布から忍び込む薄暗い光の中で、私は目を開けました。目を覚ますと、風が薄い覆いと壁を揺らす音が聞こえてきました。まるで毎日ささやいているかのように──「今日もまた、外で過ごす一日があなたを待っているのよ。」と聞こえるのです。
私は簡素な寝床から起き上がり、恐怖と疲労という、日々の生活の一部となってしまった重みを引きずりながら、向かったのはトイレでした。恐ろしくてたまらないのですが、避けられない場所です。そこにあるのは、プライバシーも安全も、そして最も基本的な人間の尊厳さえもないトイレなのです。そこで私は足早に動き、風が吹けばすぐにめくれてしまいそうな薄い布やシートを気にし続けながら、残されたわずかなプライバシーさえ奪われてしまうのではないかと心配しながら用を足すのでした。
こうした心配や恐れは、今や私の日常となってしまいました。私は風が怖いです。なぜなら自分の身体がさらされることが怖いのです。まだかろうじて自分に存在している、壊れやすい尊厳の最後の糸を失ってしまいそうなので怖いのです。自分の手で作った小さな洗い場——わずかな持ち物を置いているだけの、ささやかな場所にたどり着いて、私は顔を洗い、歯を磨くのです。それはまるで、胸に溜まった悲しみまで一緒に洗い流そうとしているように感じます。
それでも、この悲しみと痛みは私の生活のあらゆる細部にまで入り込み、消えてくれないのです。以前のように清潔な場所で暮らせないことに、私は毎日悲しくなり自然と泣いてしまいます。かつて当たり前だったことが、今では遠い夢になってしまい自然と涙が零れるのです。それでも、毎朝自分を奮い立たせ、強くいなければならないと心に言い聞かせているのです。踏みとどまる以外に道はないと思い、この過酷な生活に抗い、どんなに細くても希望という糸にしがみついて、前へ進むために頑張っています。すべてに打ちのめされそうになっても、まだ耐える力が自分に残っていると証明できるように頑張るのです。
このような辛い朝を迎えるたび、私の内側には新しいものが生まれます。生きたいという願いと困難を乗り越えたいという思い、たとえどんなに過酷な状況でも前へ進みたいという渇望があります。家を奪われ、プライバシーを奪われ、清潔さの感覚さえ奪われても、私の強くあろうとする意志、立ち続けようとする心、最後の瞬間まで抗い続ける決意だけは、誰も奪うことができないのです。
