2025年6月27日(金)

その午後、私はテントの片隅でぼんやりと考え込んでいました。勉強や仕事のために、どうにかしてインターネットと電気を手に入れることが出来ないかと考えていたのです。避難してからというもの、これらのものを得ることは、ほとんど不可能になっていました。今や私たちは、電気や通信の痕跡すらない場所に遠く離れて暮らしているのです。何事も努力も時間も以前の倍が必要で、しかも私たちにはその両方に余裕がありません。私はただ、奪われた日常をほんの少しでも取り戻せたらと夢見ているのです。疲れた手に光る画面を握るだけでもいい、そしてささやかなものでもいいからそれを得たいと願うのです。

そんな思いにふけっていると、「めまいがする…よく見えない」と弟がよろよろと母のほうへ歩いてきたのです。私は彼をちらりと見ると、顔は青白く、まぶたは半分閉じていました。私たち全員がとても心配しました。父は迷わず彼を連れて、最寄りの診療所へ駆け込み医師の診察を受けました。「血糖値が危険なほど低い」という医者の言葉に息が止まりそうになりました。理由は、あまりにも明白です。残酷なことに数か月もの間、私たちは砂糖を目にすることも口にすることもできなかったからです。値段の高騰のせいで手に入れることができなかったのです。その現実が、私たちにはとても辛かったです。

父は息子を救うためなら、自分の限られた全財産を使っても、何でもすると決めていたと思います。そして市場へ向かったのです。その1時間後、父は小さな砂糖の袋を抱えて戻ってきました。その袋を見たとき、私は信じられませんでした。たったこれだけ、1キロにも満たない小さな袋が、29ドルもしたのです!戦争前は、砂糖1キロはせいぜい2ドルだったことを思い出しました。そして今――ほんのスプーン2杯分ほどの命を助けるにはぎりぎりの量が、貧しい家庭には手が届かないほどの値段で売られていることが現実なのです。

父は無言でしたが、悲しみと心配でとても暗い表情でした。弟のために砂糖を水に溶かすよう母に手渡すときも父は無言でした。私たちに自分の無力さを悟られまいと、父は涙を隠そうとしていたのです。その光景は、弟のための治療以上のものでした。戦闘は、人間の基本的な欲求すら満たすことが出来ずに、小さな必需品でさえ奪い、手の届かない遠い夢にしてしまうのです

弟がようやく甘くした水を飲み、徐々に元気を取り戻したとき、私たちは束の間の喜びを感じましたが、それは深い痛みと共に複雑な思いがありました。私たちは、このわずかなスプーン一杯の砂糖が、紅茶一杯分にも満たない物が、すべてを犠牲にしなければならない価値のある宝物になったのだとわかりました。

その日は戦闘中のただの一日ではなかったと思います。砂糖のような基本的なものが、いかにして金よりも貴重なものになりうるかという事です。私は、この戦闘が奪ったのは私たちの家だけではないことがわかりました。この戦闘は、私たちから最も基本的な生きる権利さえも奪ったのです。ただ、心から願うことは食べること、飢えや病気を恐れずに生きること、食べもの、砂糖の一粒、飲み物の一滴を心配することなく食することが出来ることです。

しかし、この苦しみの中で、私は父の顔に別のものを見たのです。飢え、疲労、異常な物価の高騰にもかかわらず、父は私たちのために一生懸命に働き、走り回り、どんな犠牲を払っても私たちが生きていくことをあきらめませんでした。その日、私は戦闘下の中で本当の思いやる愛の意味を学んだと思います。それは単にお金を差し出すことではなく、必要ならば自分の命をも差し出す覚悟を持つことだと思いました。


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