2025年6月9日(月)

長い間、寒さにも暑さにもこの無防備なテントの生活に疲れ果てていましたが、なんとか慣れようと必死に過ごしてきました。私たちは、人間として誰もが必要とするものの作成に、ついに取りかかりました。それは、トイレを作ることです。

「バスルーム」なんて呼べる代物ではありませんでした。
けれど、その簡素で原始的な作りにもかかわらず、それは、快適さや尊厳を奪われた生活の中で得られた唯一の達成感があるものでした。

テントの横に、かろうじて一人分の小さなスペースを確保することができました。そこに、古い布や使い古しのシートを使って、私たちが「テントのバスルーム」と呼べる場所を作りました。四方を擦り切れた布で囲い、せめて少しでもプライバシーを感じられる空間にしようとしました。そこで、誰にも見られることなく体を洗ったり、用を足したりできる、そんな恥ずかしさから解放されるための小さな場所となりました。

しかしこの小さな場所は、問題も抱えました。

まず、排水用の穴を掘る必要がありました。簡単な作業ではありませんでした。凹凸のある地面に、適切な道具も無い中での作業だったからです。また、もっと大変な問題が次にやってきました。それは水です。

清潔で使用可能な水を見つけることは、たとえ少量であっても、ここでは、本当に困難なことの一つです。水は、乏しく、見つけたとしても汚い水であったり、飲料水としては不十分です。こうしてまた新たな苦しみの章が始まりました。

ありとあらゆるところが砂だらけです。バスルームの床、服の中、水の中、肌にまで砂がついています。タイルの床や固い地面はありません。ただここにあるのは、湿気の混じったサラサラとした砂と耐えられない臭いです。衛生を保つことは不可能なので、病気が発生するとすぐに蔓延します。特に胃腸の感染症や消化器系の病気が多く、私も何回も病気になりました。

こうした肉体的な苦労だけではなく、精神的な苦痛もあります。特に女性にとっては深刻な問題です。

私たちの国民はとても保守的なので、プライバシーは、私たちの文化、信仰、尊厳を守るためにとってとても大切なものです。しかし、ここでは、プライバシーなど存在しません。

鍵をかけるドアも無ければ身を守るしっかりとした壁もありません。視線を遮る屋根さえも無いのです。テントの中はとても混みあっていて、声が重なり、少しの音や動きもすぐに聞こえ、何をしているのかわかってしまいます。そんな環境により、言葉に表すことが出来ないような恥ずかしいこともあり、とても苦しく辛く心の中で大きい傷になっているのです。

こうした過密状態の中でプライバシーの欠如、衛生状態の悪化。これらの全ては、その状態がわからない人たちに取っては、些細なことかもしれませんが、私達に取っては、自分たちの尊厳が毎日少しずつ削りはがされていく感じがするのです。

女性が、風や、視線や、いつ落ちてくるかもしれない爆弾の恐怖からも守ってくれない、薄い布の囲いの中で服を脱がなければならないことは、決して容易なことではないのです。

「テントのトイレ」は単なる粗末な施設ではありません。

プライバシーがはく奪され、そして人間性が試されているこの環境は、最も基本的な権利を守ることさえも遠い夢になってしまったのです。

私たちがどれほど多くの物を失ってしまったのかが、改めてわかりました。そして普通なら有難いと思うことさえ気づかない、ごく普通な当たり前のものさえまでも失っているのです。


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